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ほしいぬ

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わたしがなんみんだったころ

とりとめもなく書きます。個人的なことです。重いとか暗いとか不快とかあるかもです。ごめんなさい。


はてこさんのブログで知った絵本(アライバルarrival到着)を読んだことと、想像すること、同調することについて。


アライバル

アライバル


本は、とても素晴らしかったです。どうしてもいま読みたいと思い、お金がないので古本ですがかいました。読んでよかったです。6年生の子供にも読ませました。映画「ライフイズビューティフル」のようだと言っていた。

はてこさんありがとうございます。

(id:kutabirehateko)


タイトルに書いたけれど、わたしが難民だったことはありません。比喩に使うのは本当の難民の方に申し訳ないと思う。

それなのに書いたのは、個人的な体験を思い出し、あの時の気持ちは、もしかしたら、難民の方の気持ちにすこしだけ似ているかもしれない、と思うからです。 しかしうまく書けるかどうか自信はありません。

わたしの拙い言葉で読む人を傷つけることがあったなら、どうか許してほしいと思う。


わたしは1995年の阪神淡路大震災を経験しています。いまも揺れや閉じ込められることや落下物や暗闇や火やガスが怖い。20年も経つのに。


今でも水は一滴も無駄にはできない。神経質に蛇口を閉めて回る。

使用済みの風呂水を飲んだり、わけてもらった井戸水をゴミ袋につめて、レインコートで縛り背中に背負って漏れる水に濡れながら壊れた道路を家まで歩いたことがあるから。水というのは背負ってみるとぐにゃぐにゃで遺体のように冷たいです。遺体は、亡くなった祖母にきがえをさせたから。祖母は震災で亡くなったのではないけれど。


わたしの家は半壊で住めたけれども、家のなくなった人をたくさん見た。家族の骨壷と体育館で暮らしている人たちのお手伝いもした。市役所のロビーにもダンボールの人たちがたくさん溢れていた。その光景は忘れられない。

一瞬で、人はホームレスになる。誰でもなる。そしてそれはとてもつらいことだ。そのことを知った。


わたしはその後東京で働き暮らすけれど、西新宿通路のホームレスの人たちを以前と同じ目でみることはなくなった。(震災前にも東京で働いたことがあった)


震災後、避難所の手伝いをしている時、地下鉄サリン事件が起きた。人が人を無差別に殺し傷つけた。わたしは被害者に友人の名前がないか、新聞を必死に捜した。そんな思いは震災だけでもうたくさんだったのに。人はもろく、大自然の力の前に簡単に消えるのに、その大切な命を、人が奪い傷つけ、恐怖に陥れた。何故だ。どうして?やめて!許さない。そう思った。

いまもそう思っている。

その後も、世界中でテロは起き、戦争も内紛も起きている。いまなお。それをどうしたら止められるのか、わたしにはわからない。

でもわからないからと、あきらめはしない。あきらめたくない。


セイブシリアチルドレンの有名な動画を以前youtubeで見た。とてもよくできた、とても辛い作品である。少女の平和な日常が変わってしまうあれを、見た方は多いと思う。


怯えて暮らすこと、人が死んだり傷ついたりすること、街が破壊されること、大切な自分の家を失ったり、置き去りにして避難せざるを得ないこと、服装や体を清潔に保てないこと、健康を失うこと、苦しい日々から諍いが起きること、目に光がなくなること、何も感じなくなること、をわたしもかつて経験したりすぐ近くで見聞きした。あの少女ほどひどい状況ではないけれども、あの少女のすぐ近くの気持ちにたどりつくことはできるように思う。


その中に出てくるメッセージを、わたしは英語に疎いので最近まで意味がわからなかった。翻訳してくれていたサイトがあったので、コピペさせてもらいます。


「Just because it isn’t happening here doesn’t mean it isn’t happening.
(自分のまわりで起らない出来事だからといって、何も起こっていないというわけではありません。」


↓引用転載元はこちらのサイトです。動画も詳しく紹介されています。 http://adgang.jp/2014/03/54034.html 


震災も、あんな辛いことは神戸だけで充分だと思ったのに、2011年にもっとひどいことが起きた。神戸と同じく、復興に向かいながらも、被害に遭われた方の苦しみは今なお続いている。


震災やテロだけではない。犯罪や事故や暴力や差別や病気や貧困や孤独などで、辛い思いをされている方は沢山おられる。そして自分もまた、いつそうなるかもしれない。


もし自分がそうだったら、と想像すること。無関心ではなく。それは苦しいことだ。日々やることはたくさんある。自分にできることを考え、行動する。


想像はしても、ひとりよがりな同調はいけない。100人いれば100通りの経験と思いがある。それを踏みにじってはいけない。

ブログでいろんな記事をちらちら読むけれど、性暴力被害とか病気等に関してもそう思う。


最後に、過去と最近に見た映画を4つあげておきます。タイトルのみでごめんなさい。どれもとても素晴らしい作品です。

戦争、テロ、難民がテーマにでてきますが、視点があくまで人間、ひとりひとりの個人なのがわたしは好きです。大声で、戦争はいけない!とか言ってません。生き生きと、淡々と、時にはユーモアを交え、とても大切なことを伝えてくれている作品です。すごく面白いです。


1.戦場のピアニスト(ロマン・ポランスキー)

2.プルートで朝食を

3.アメリカン・スナイパー(イーストウッド)

4.グランド・ブダペスト・ホテル


最後に、関係ないけれど、みかみかさん(id:mika3kan)のパソコンが直るか、新しいのがサンタさんから届きますように!


追記「わたしが子どもだったころ」は児童文学であります。詩集かな?作文集かな?あとで確認します。

タイトルはどこかそれが記憶にあったのだと思う。戦争のこと、いわさきちひろさんの表紙です。いい本です。


追記訂正「わたしがちいさかったときに」でした。すみません。長田新さん。原爆の本です。

わたしがちいさかったときに―原爆の子 他より (若い人の絵本)

わたしがちいさかったときに―原爆の子 他より (若い人の絵本)



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