水撒きてちひさき虹に手を合はす
連日照りつける日差しを恨めしく思いしかしこれもまた自然の恵みかと思い直したりしています。そんな暢気なことが言えるのは雨露を凌ぐ家があり水も電気もガスも食べ物も衣類も不自由ないから。明日どうなるかわからぬ不安がないから。
被災地の方々を思うとき、わたしは本にのしかかられて布団から出られなかったあの日を思い出す。声だけだして家族の安否を確認し、やっと布団から抜け出して壊れた食器や棚や散乱するなにやかにやに呆然としながら足の踏み場もない家で立ったまま何かを食べた。みんな黙って食べた。何を食べたかはもう憶えていない。
母は壊れ散乱した家具に阻まれトイレまでたどり着けず粗相をし泣きながら怒っていた。
勤め先のリーダーのMちゃんから安否を確認する電話がかかってきた。無事と答えてMちゃんは?と聞いた。「無事やけど家の壁が崩れかけてるから落ちてこうへんよう手で支えながら電話かけてるんよ。」と彼女は答えた。
ぜんぜん無事じゃない。それなのにかけてきてくれた。わたしはサブリーダーなのに自分と家族のことで精一杯だった。恥ずかしかった。
電話は間もなく通じなくなった。
水が出ない。電気はつかない。ガスも止まっている。
ガス管が破裂したのか、道路のアスファルトの隙間から炎が出ているのが見える。恐ろしい。この上火事はたまらない。
わたしが高校三年間通っていた地区が火の海に呑まれたことを知ったのは少し後だ。
何日か経ったが水は出ない。お風呂の水をこしてカセットコンロで沸かして飲んだ。水がほしい。水がなければ死んでしまう。
少し離れたところにあるレストランが井戸水を分けてくれるという噂をきき、家の中で一番大きなゴミ袋を持って出かけた。袋に水をくませてもらい、さて持ち帰ろうとしたが重いしグニャグニャで持てない。
着ていたジャンパーを脱いで袋に着せ、人をおんぶするような格好で袖を肩から首に巻きつけた。
ジャンパー越しに伝わるグニャグニャの冷たい水の感触。
袋が破れませんように。こぼしませんように。
祈りながら坂道を上った。
わたしはいまも水を無駄にすることができない。出しっぱなしになっているところを見たら決して素通りできない。キュッキュッと閉めて回る。日本の水道水は全て飲める水だ。トイレを流す水でさえも。
水撒きのできる幸せ。日常のかけがえのなさ。
救援物資の仕分け作業をしながら聞いた地下鉄サリン事件の衝撃。
新聞に知人の名前を探した。なくてホッとした。しかしそんな問題ではない。
もう新聞に亡くなった人の名前を探すのはしたくなかったのに。
天災が人を痛めつけたばかりというのに、今度は人が人を痛めつけたのか。なぜだ。どうして。
信じられなかった。
すべてのことをわたしは忘れない。
忘れずにいたい。
今起きていることも。
今苦しんでいる人たちのためになにができるか考えて行動する。
思い出し始めたら書くのが止まらなくなりました。以前にも書いたと思う。お許しください。
被災地の方々に心よりお見舞い申し上げます。